蒸し暑い部屋を出て
涼風が心地よい夜を歩いている。燦燦とした太陽の光をめいっぱい浴びたあとの夜は決まって快適だ。公園の近くを歩けば葉っぱの青臭い匂いがするし、近隣の家々からはテレビの音が漏れ出ている。暗い夜、視覚からの情報割合が減ることで他の感覚が鋭敏になっていく。視覚は、目の前の道と、出来れば避けたいパトロールカーを捉えることに費やす。
夏の夜を歩いているとしばしば蜘蛛の糸が肌に絡みつくような感触を覚える。なんとなく気味が悪いので振り払う。中学生のころ教育実習に来ていた大学生が「体に蜘蛛の糸が張り付くような感覚は幽霊に取り憑かれた証拠。取り払うと気づいてくれたと勘違いして憑いてきちゃう。だから無視しなきゃだめ。」と言っていた。それ以来なんとなく、蜘蛛の糸が纏わり付く感触に恐怖を覚えた。幽霊かもしれない。幽霊が実際にいるか否かの議論を差し置いて、恐怖がまず来る。
遠くで救急車のサイレンが鳴っている。私のいる地点からは遠いはずだが、音が聞こえるということは近い、とも言える。その狭間に立って少しグラつく。気づけばサイレンは鳴り止み、貨物列車が夜の線路を走る音がする。流動的なものを改めて捉え直す、繰り返す、捉え直す、繰り返す、足音に反応して犬が鳴く。起こしたなら、すまない。
美味しそうな肉を買った。
片足無くした猫を見かけた。
まだ蜘蛛の糸が張り付いているような気がする。